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author : スポンサードリンク| 2017.02.03 Friday | - | -
―「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」― その2
サイズの記載なし、タイトルなしというこの本、分かりづらいという事を前提に 見る人それぞれの解釈が必要とされます。
わからないからつまらないじゃなく、わからないから太郎さんの文言を頼りに 言葉と書を見比べながら考えて遊ぶといったところでしょうか。
しかし、時間をかけて見ていくうちに段々といろいろな事が見えてくるから不思議です。
画像のイメージ、飛墨(墨の飛び散り)や勢いなどから想像して実際のサイズは どのくらいなのかと考え実寸を知った時、感情移入や想像力の差異が露わになることでしょう。

例えば、
Q.4−5P見開きのぐちゃぐちゃな淡墨作品サイズはどのくらい?
A. 縦140cm×横280cmの大作です。
3Pの誰にでも読める低温火傷的な「芸術は爆発だ」に対し対極的に「爆発」と書いています。 しっかりとした崩し方で書いていながら結局は読みづらく抽象的な表現として定着しました。 (書家の方なら大半は可読の範疇のことでしょう)

サイン入れ 
美術本「柿沼康二 書」は筆書きのサインだったのですが、今回の本は敢えて
シルバーマジックによるローマ字表記のサインにしました。
筆字でメシを食っているのでやたらに筆でサインができない心苦しい諸事情を
御理解頂ければ幸いです。また、勝手ながら私の美観上「○○さん江」など宛名表記も
遠慮させて頂いております。

KOJI
ETERNAL
NOW


と入っています。

書籍詳細 

つづく 


―「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」― その1リンク

author : 柿沼康二| 2011.11.17 Thursday 21:58 | - | trackbacks(0)
―「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」― その1
太郎さんとのコラボ本「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」、ご好評頂いており、心より感謝申し上げます。
 
太郎さんの本でも柿沼の本でもなく、限りなくアート本にするべく、柿沼作品の釈文、サイズなど一切の説明を加えず、太郎さんの遺した言葉たちが柿沼作品解釈の最大のヒントとなるスタイルをとっております。 

作品群には、誰でも直ぐに読めるもの、作家本人しか読めないもの、文字の形を失ったもの、絵のように見えるものなど様々なスタイルで表現されていますが、必ず文字表現が基軸となっています。また、太郎語を咀嚼した結果、文字を崩したり、文字の抽象化をはかっております。 

書は、読めるに越したことはありませんが、例え読めたとしてもそれを見る者に何も訴えてこないものは「書」ではなく単なる文字でしかないと私は思っています。「読める文字」より「感じる書」、それが柿沼スタイルです。
 
下記の件、解説とお詫びを記載させて頂きます。 

70P「混沌」  「66・67P人の姿を映すのに鏡が…」の文意を咀嚼した結果「混沌」の表現をあえて鏡文字にしています。出版社の方に印刷ミスではないかという問い合わせがあったようなので説明させて頂きます。 

76P「ザワザワ」近くの小さな縦長黒スジ 印刷上の誤植です。重版時には直させていただきますので何卒ご理解の程、よろしくお願いいたします。 

つづく
 
author : 柿沼康二| 2011.10.21 Friday 21:55 | - | trackbacks(0)
ボーズCM関連作品銀座展示
■東京 ・銀座 清月堂ギャラリー
場所:中央区銀座5-9-15 銀座あずま通り沿い1F
開催日時:9月29日(木)〜 10月10日(月)
11:00〜 19:00 (最終日は18:00まで)
※超大作「一」を含むCM関連作品5点を展示

下記、テレビCM及びCM関連作品に対するテーマや思いを掲載します。

“Eternal Now”

「一」は、始まり
「一」 は、究極
「一」 は、シンプル
「一」 は、全て
                           
(BOSE社TV‐CMナレーションより)

「一」
何と美しく、力強く、意味深い文字であろう。
だからこそ、「一」を作品にすることは書の世界で最も難しいと言われ続けてきた。
書は、一回性の芸術である。決してやり直しがきかない究極の刹那の中、筆を使い、墨一色、たった一人で文字を有機的に美しく描き出す芸術である。 3500年とも言われる書の歴史、その時の試練にさらされ、耐え抜き、伝承されてきた書の規範性や美観を徹底的に身体に染み込ませた上での文字表現でなければそれを「書」とは呼べない。単なる文字と「書」とは違うからだ。

縦2.8m×横5.2mという今回の超大作「一」、これ程大きな作品を創るだけでも常識外れな上、音響機器のパイオニアとして世界の頂点に君臨し続けるボーズ社の肖像、“新たなる音の革命”と題された新製品「1.1チャンネル ホームシアター」の画期的性能とフォルムのイメージを表現しなければならない。さらに、現場は撮影スタジオというアウェー戦、ホームとは遥かに異なる現場においてパフォーマンス性と作品自体の完成度を求められるという多重苦、大きな壁が幾重にも私の前に立ちはだかった。

20110820、時が来た。

“切ったら血の出るような線”
“上品なアヴァンギャルド”
柿沼スタイルの核を一本の線に凝縮させるべく雄叫びをあげながら巨大な筆と漆黒の墨をキャンバス目掛け全身全霊で打ち込んだ。

“Eternal Now”

永遠の今がそこにあった。


書家/アーティスト 柿沼康二
www.kojikakinuma.com




パフォーマンス作品「風林火山」

ボーズ社CMにおいて、柿沼は超大作「一」以外に様々な書のパフォーマンスを披露している。 柿沼はCM制作チームの一員として企画段階から大きく関わり、多種多彩、無限にある書の表現とパフォーマンスを「風」「林」「火」「山」4つのテーマで表現することによって全体をコーディネートすることを提案(NHK大河ドラマ題字「風林火山」は自らの代表作)した。朝9時から始まった撮影は刻々と熱を帯び、いつしか日付が変わり、終了は深夜3時を回っていた。総制作数は50点を超え、その中の一部が展示される運びとなった。
下記、柿沼スタイル「風」「林」「火」「山」の構想上のイメージを紹介する。

風・・「其疾如風・其の疾きこと風の如し」・・新しさ、斬新さ、発想、切れ、など
林・・「其徐如林・其の徐(しず)かなること林の如し」・・静寂感、洗練、品格、など
火・・「侵掠如火・侵し掠めること火の如し」・・ダイナミズム、情熱、怒り、など
山・・「不動如山・動かざること山の如し」・・絶対感、存在感、核、永遠、普遍性、など

企画当初、作品展示の予定はなく、CM撮影用のみの目的でパフォーマンスされたが、CM作成のプロセスを紹介したいというボーズ社の意見に賛同し落款印を入れ今回の展示となった。

(銀座展)

「風」のテーマ
風から林、静から動、無から有へ
すっとした爽やかさ、物事の導入
向かって来るジェット音

「林」のテーマ
静けさ
無駄のない書における規範性
表現停止

「火」のテーマ
文字としてではなく、線の活動自体を、地の底から燃え上がる炎の如く表現した。

「山」のテーマ
「山」の概念で「地」という素材を描写
ゆっくりと白を侵食していく漆黒の墨
ぐいぐいと地球の核に向かって突き込こむ力

(大阪展)

「一」
2011年9月27日、ボーズレセプションパーティーにおけるライブ・パフォーマンス作品。黒生地に金色の顔料で表現。

「いきていきていきて…」(2011)
柿沼康二を象徴する独自の表現「トランスワーク」(同じ言葉やフレーズを延々と書き連ねること)により、単体としての言葉やフレーズのみでは表現できない新たな意味合いやイメージを打ち出している。

「波形」
心電図的印象
静と動を表現
「林」→「火」→「林」ミックススタイル
「音」
2010年、東京南青山で開催された「BOSE MUSEUM STORE」で発表されたボーズ・サウンドを書表現した作品。柿沼の代表作の一つ(ボーズ社所蔵)。


(名古屋展)

「一」
 当初グラフィック用に制作された作品だが、最終的にはCM撮影時に制作された超大作「一」がグラフィックにも使用されることとなる。

「音」
 ボーズ社のCM撮影時に揮毫された作品。ボーズ、すなわち「音」。CMの中にサブリミナル的にこの文字が組み込まれている。

author : 柿沼康二| 2011.10.21 Friday 14:35 | - | trackbacks(0)
TARO100祭 公式サイト「オレの太郎五選」コラム掲載
 岡本太郎生誕100周記念事業「TARO100祭」公式サイト内、 
「オレの太郎五選」の第11回選者としてコラムを担当いたしました。 
是非、ご覧下さい。
 
「TARO100祭」公式サイト  
太郎五選 
 
太郎さんの遺した言葉たち
 
太郎さんと私の戦いは太郎書の臨書から始まった。太郎書の臨書は私にとって、「太郎線」とも呼べる独特の曲線を体得するだけでなく、太郎芸術の多くに見受けられるシンボリックな線運動や造形感覚を心身で理解し、一度も会ったことのない、そして今は亡き岡本太郎という肖像を捉えるためのこの上ない勉強法だった。2010年岡本太郎記念館企画展「化け文字」の開催、そして今年、岡本太郎生誕100周年記念事業として出版された「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」。太郎さんの遺した書、線、言葉たちとのシャドーボクシングは既に6年目を向かえた。ぶっ倒されたり、突き放されたりタフな戦いの中、得られたものは大きい。今回、太郎さんの遺した言葉との戦いの中から五つを選び、自分なりの解釈を紹介させて頂きます。
 

 

赤い兎を上げましょう 
 
赤い兎

上げ

しょう

『美の呪力 ―わが世界美術史』新潮社、1971年(「四 古代の血・現代の血」)
 
1949年に制作された絵画作品「赤い兎」と同時期に創られたと思われる詩。
絵画作品右に見受けられるのは、死神か。左には、赤い兎というよりも、暗闇に飛び立つ鳥、覚悟を持って不安や迷いに立ち向かう生命体。生、死いずれも作家自身の心に潜む光と翳。絶対への捧げ物。
赤い兎とは太郎さんの「心臓」即ち「いのち」であり、またその生の対極にある「死」でもある。生と死の両義を踏まえた上で、しばしば太郎語に登場する「血」と解釈したいと私は思う。
詩が先か絵画が先か分からぬが、この何とも不可解な太郎語を飲み込まされた。
噛んでも噛んでも体内で暴れまわる赤い兎を呪い、争い、そして自分の中で殺してみた。
 

絶対 
絶対に自己と妥協せぬこと。
己れを最も忌むべきものとしてまず破壊し去ることだ。

『原色の呪文』文藝春秋社、一九六八年(「わがレアリテ」)
 
太郎さんは「絶対」という言葉をよく使う。
この「絶対」を眼にする度に「絶対ということはこの世には無い」と得意げに語っていた大学教授が頭に浮かぶ。太郎さんにとって「絶対」は絶対あるのである。「絶対とは、宇宙なのかしら」個人的に思う。
 

黒い太陽

(原文・部分)
『黒い太陽』美術出版社、1959年(「黒い太陽」)
 
太郎作詞「太陽へのオマージュ」といったところだろうか。
序・破・急、太郎流の三段構成で太陽神話は展開されていく。
太郎少年の眼は、ゆっくりとそしてジワジワと自分に襲いかかる黒く不気味な太陽の存在を描写する。
徐々に太郎青年は不気味な存在であった太陽を受容し、自分と重ね合わせる。惜しみなく過剰に放出される太陽の絶対的エネルギーを生き生きと奏で始める。
「太陽へのオマージュ」は一気に加速し、太陽と生き物の間に隠された神秘を悟り、太郎版アダムとイブの如き壮大な太陽神話を完結させる。
傑作「太陽の塔」にこのような物語が隠されているかと思うと更に感慨深く太陽の塔を眺められる。
 

今日の芸術は、うまくあってはいけない。
きれいであってはならない。
ここちよくあってはならない。

『今日の芸術』光文社、一九五四1954年(「四 芸術の価値転換」)
 
TARO100祭の記念事業として公認で太郎さんの言葉を書くことになり、新たに感じたこと、発見したことは少なくない。この有名すぎるフレーズを、同じ言葉を何度も何度も繰り返し書く「トランスワーク」という独自の手法で書いていくうちに、太郎観の中に入り込んだ気がした。
 
今日の芸術は、うまくなくてはいけない。
うつくしくなくてはならない
ここちよくなくてはならない
 
物作りとしての基本中の基本、それを十二分に踏まえた上で対極の太郎観に達するべきである。
太郎さんの言葉を真に受け、上手くも美しくもなく心地よくもないのがアートだと安易に思い込んでしまう危険性、“そういうものだ”と思った瞬間から美が本質から遠ざかっていく。
太郎さんの作品がそうであったように太郎名言の解釈にもいろいろあって良い筈だ。
 

眼 

専門であろうがなかろうが、体当りして生きぬくことが人生の極意であるはずだ。
本当の人間はみんな透明な眼をもった猛烈なシロウトなのである。自分の専門に対しても。
『岡本太郎の眼』朝日新聞社、一九六六年(「七月 本職は生きること―専門家」)
 
太郎さんの「目」は「眼」である。
「目」は目元全体、「眼」は眼球そのもの。
至るところに「目」じゃなく「眼」が出てくるから、それを眼にするたびに何故そこまで「眼」に拘っていたのか気になってしょうがない。
author : 柿沼康二| 2011.10.03 Monday 12:33 | - | trackbacks(0)
TARO100祭記念出版「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」



岡本太郎 文
柿沼康二 書
平野暁臣 編


「岡本太郎の言霊を柿沼康二の肉体に打ち込み、胎内受精に持ち込んで、書という形での出産を待つ。 どんなこどもが生み落とされるかは、むろんやってみなければわからない。だから面白い。とにかく柿沼さんには湧き上がったイメージをそのまま吐き出してもらおう。 ――岡本太郎記念館館長 平野暁臣(本書あとがきより抜粋)」

岡本太郎の言葉を活字で掲載する見開きと、それに呼応するかのように 柿沼康二が揮毫した書の見開きの連続で展開。 本書は、太郎vs柿沼の本であると同時に、いわば前代未聞のタイポグラフィvs肉筆文字の本でもある。 「トランス・ワーク」はじめ独自の作風で、伝統と革新とがせめぎ合う書道界に風穴を開けるべく、 世界で活躍する書家・柿沼康二の最新作品集としても、十分に見ごたえのある一冊。

発行所 株式会社二玄社
デザイン 横山明彦(WSB)
撮影 野瀬勝一
表装協力 湯山春峰堂
判型 A5判・ソフトカバー
頁数 128ページ
本体価格 1,800円
発行日 9月22日予定



「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」あとがき

太郎さんとのシャドーボクシング

以前友人から太郎さんの著書「自分の中に毒を持て」を薦められて以来、私は太郎さんの言葉の世界とその哲学に大きく魅せられていた。そして数年前、「明日の神話」修復事業で知り合った岡本太郎記念館館長・平野さんから膨大な量の太郎さんの書作品が送られ、書、絵、書画、いずれの枠からもはみ出る作品群を目のあたりにして、思わず墨を摺り臨書を始めたときから、太郎さんと私の「対決」は始まった。

書道の世界において臨書はとても大切な作業である。古典として今日に残る能筆家の書を徹底的に模倣することで、書の形や技術のみならず、書き手の息遣い、呼吸やリズム、歴史的背景、更には書き手の心理や哲学に迫り、3500年とも言われる書の奥義を紐解いてゆくのである。そして書家にとって臨書は「吸う」作業、創作は「吐く」作業であり、息を吐き出すにはまず吸い込まねばならないように、創作するには臨書が不可欠だ。一見相反するようなこの二つの作業が渾然と融合し連動してはじめて、芸術的な書を生み出すことができる。

太郎書の臨書は私にとって、「太郎線」とも呼べるあの特徴的なうねりと痩肥をもつ独特の曲線を体得するだけでなく、太郎芸術の多くに見受けられるシンボリックな線運動や造形感覚を心身で理解し、一度も会ったことのない、そして今は亡き岡本太郎という肖像を捉えるためのこの上ない勉強法だった。

それから5年の月日が流れ、2010年岡本太郎記念館企画展「化け文字 〜書家・柿沼康二の挑戦状〜」の開催に至る。企画展の制作で体が張り裂けそうなくらい太郎さんとその書を吸い込んだ私は「太郎中毒」状態になってしまい、このままでは太郎さんに体が乗っ取られてしまうという危機感を感じていたところへ、平野さんから岡本太郎生誕100周年記念企画として、太郎さんと私の対決本の出版話が提案された。「岡本太郎の遺した言葉を柿沼康二が書く」。活字化され既にイメージが定着している太郎さんの多くの言霊から、どの文章を選び、どのように書作品化するのか。そして一番大切なのは、なぜ自分が表現するのかということ。ただ字を書くのではなく、太郎さんの言霊を身体全体で受け止め咀嚼して、岡本太郎作詞、柿沼康二作曲とでもいうべき書芸術として作品にしなければ意味がないと思った。

再び岡本太郎と柿沼康二のシャドーボクシングのゴングが鳴った。

素材とする太郎語録は、平野さんや出版社の結城さんの意見を織り交ぜながら具体化していった。しかし「宇宙」「ぱーぁ」「絶対」「筋」「法隆寺は燃えてけっこう」・・・さらには超長文、難解な詩など、書家である私個人としては絶対に素材として扱わないもののオンパレード、まさに「なんだこれは!?」と思った。三日三晩かけて書いて書いて「吐き出し」、その後三日間は太郎本を読んだり太郎語と睨めっこしたりしながら「吸い込む」、それを1ラウンド計算で計12ラウンド戦った結果、徹底的に咀嚼して表現したもの、太郎・柿沼半々のもの、全くと言っていいほど太郎さんを意識せずに私のどストレートで投げ込んだもの、既に書ではなくなってしまったもの…いろいろな作品が生まれた。気が付けば制作総数196点。その約1/5程の作品が太郎VS柿沼「TRANCE‐MISSION」という形で世に送り出されることとなった。

かれこれ2年間ぶっ通しで毎日毎日太郎さん漬けになり、この半年間、何度も打ち切れ、体を壊したりしながらも、自分の全てを出し切って制作をやり遂げた今、何なんだろう、この充足感は。そして身体の内部で大きな化学反応が起こったかのように、太郎さん、そしてその言霊を何ら意識することなくすんなり受け止めている自分がいる。
「尊敬とは追従ではなく対決である」。芸術家として、また一人の人間として尊敬してやまない太郎さんと思う存分対決させていただき、これでようやく太郎さんの中毒状態から抜け出せそうだ。
チームTRANCE‐MISSION、お蔭様で自分以上の力を出すことができました。 平野さん、二玄社の結城さん、デザインの横山さん、写真の野瀬さん、そして天国の太郎さん、敏子さんに心より感謝申し上げます。

書家/アーティスト 柿沼康二
author : 柿沼康二| 2011.09.21 Wednesday 10:28 | - | trackbacks(0)
NTTファシリティーズジャーナル年間表紙
NTTファシリティーズジャーナル285号表紙


実作品


NTTファシリティーズジャーナル(隔月発行)285号表紙から2年間、
柿沼康二書き下ろし新作が起用されます。
作品をトリミング処理したデザインとしてシリーズ展開していきます。

「風」 96×60cm

さっと爽やかに吹きつける五月の薫風。そんな風をいつか掴えたいと思いながら長い年月が過ぎた。風を感じたその刹那の中で今日の風が囁き、またどこかに行ってしまった。「こたえは風の中…」と聞こえた気がした。

書/文章 柿沼康二
撮影 野瀬勝一(QUEST)
表装協力 湯山春峰堂

NTTファシリティーズジャーナルとは:
NTTファシリティーズジャーナルは、1963年(昭和38年)「電電建築資料」として
創刊して、現在48年目になります。IT、エネルギー、建築という当グループの事業
領域全般に関わる新技術や最新の施工事例などを紹介する技術情報誌です。「改正
省エネ法時代のCO2削減技術」、「企業を守る『実践型BCP』」などをテーマに
隔月で発行しています。

詳しくはコチラ
author : 柿沼康二| 2011.08.28 Sunday 21:27 | - | trackbacks(0)
美術本「柿沼康二 書」 −その6−
出版された本というのはある意味完成品なのだが、良かれと思い始めたサイン入り美術本、そのサイン入れが、なかなかなかなかの労力で、本という完成品にまた新たにアナログの「手」であり「筆」であり「サイン」を入れるという私らしい不合理な行為を続けている。

自分の名前を書き損じる事は無いにせよ、個人的な美観に耐えうるもの、耐えられないもの、所謂良し悪しが生じてしまうのは避けられない。 それが人の温もりの入った手作業、ロボットや機械による大量生産との違いである。

気に入らない物、それは即ちロス、一冊あたり5250円の損失となるから本当にスリリングだ。

サインのみならず捺印もしているのでダブル・スリリング&リスク、捺印失敗というのも無くは無い。

目には見えませんが、サイン入れ、捺印、梱包等も含め、柿沼事務所を通して売買された美術本全てに何十個もの私の指紋がへばり付いている(少し汚い表現ですが、、、)という事実、それは手作業上の芸術上の「味」という意味で何卒お許し願いたいと思っている。
サインが無ければ大量に生産されたプロダクトのワン・オブ・ゼム、サインが入った瞬間からある種の生命を受け、世界に一つしかないレア物と化するあたりにモノの価値や面白さがあるのかもしれない。

これもまた、私の作品の一つとして時や場所を超え、可愛がられ、時に憎まれ、本棚にしまわれ、忘れた頃にまた取り出され、いろいろな形で後世に残されていくものなのかと想像するとこれまた楽しいものだ。

限定2000部重版無しのこの美術本自体は、全国の書店や他社のWEBでも購入可能ですが、柿沼事務所のサイン入れは特別企画、恒久ではございませんもで。気になる方は一度だけ飲みに行くのを控え手元に置いて頂けましたら幸いです。

これまで本当にたくさんの方々にご購入頂きました。

心より感謝致しております!

PS. 直筆サインなのにどれがサインか分からなかったという意見が過去多々ありました。巻頭のサイン縦書き+印が私の手によるものです。(印刷じゃありませんので悪しからず!) 少し斑や完成度を下げてリリースしなければ分からないのかと少し悩んでいます。(苦笑!)
つづく


美術本「柿沼康二 書」関連リンク
美術本 その1
美術本 その2
美術本 その3
美術本 その4
美術本 その5

柿沼事務所オンラインショップ



author : 柿沼康二| 2011.07.31 Sunday 21:19 | - | trackbacks(0)
東日本大震災支援企画 布袋寅泰・柿沼康二ダブルネームチャリティーTシャツ
3月11日に発生しました東日本大震災により被災されました皆様に心からお見舞い申し上げますとともに、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

HOTEI STOREでは、この度の大震災で被害にあわれた皆様への支援と、そして被災地の一日も早い復興を願い、少しでも被災地の皆様のお力になれるようチャリティーグッズの販売を、コンサート会場及び
HOTEI.COM STORE / BEAT CRAZY STOREにて行います。


チャリティーグッズ
■HOTEI × KOJI KAKINUMA チャリティープロジェクト
「誓」Tシャツ ¥2,000-(税込)

■HOTEI シリコンリストバンド
 ¥500-(税込)



(メッセージ)

『未来は私たちの手に委ねられている』
復興を祈り、願い、信じて今日も戦っている皆さんに向けて
それぞれの「誓い」と共に、我々の魂のコラボレーションに
是非、御協力お願い致します。
 
布袋寅泰
 
 
あの時から、ずっと考えていた。
「書の力とは何か」「芸術に力はあるのか」「自分に何ができるか」と。
布袋氏から託された「誓い」という言葉。私にできることはただ、復興と平和を祈り、全身全霊で言葉に命を吹き込むこと。そして血の通った言葉の「シンボル」を創り出すこと。それが少しでも被災者や被災地の為になれば…
一人でも多く方にご賛同頂き、復興への糧となる事を願っています。
 
書家 柿沼康二


※このグッズの収益は、東日本大震災における被災者の方々への支援と、被災地の復興のための義援金として寄付致します。
author : 柿沼康二| 2011.05.19 Thursday 18:09 | - | trackbacks(0)
化け文字〜書家・柿沼康二の挑戦状〜
挨拶文
 
拝啓 岡本太郎さま 

ご無沙汰いたしております。
「Be TARO!」で太郎さんの巨大な写真に大筆を叩きつけた柿沼です。
その節は、大変失礼いたしました。
小生、「太陽の塔」と同い年、今年40歳を迎えたばかりの若輩者ではございますが、
生誕100周年を迎える太郎さんと、
太郎さんの聖地・青山にて再び対決させていただくことになりました。
生前の太郎さん、敏子さんに一度もお会いしたことのない私は、
「明日の神話」をきっかけに平野氏と出会い、
その後「太郎の船団」の末席に身を置かせて頂いております言わば太郎第三次世代でございます。
「尊敬とは、追従でなく対決である」私が好んでいる言葉であります。
芸術家として、また一人の人間として尊敬してやまない太郎さんの芸術にありったけの力で挑み、
真剣に戯れ、自分なりに咀嚼しつつ“前へ”進み、
いつか天国の太郎さんと敏子さんにお会いする為の切符を手に入れたいと思います。

 
敬具
            
author : 柿沼康二| 2010.09.13 Monday 16:55 | - | trackbacks(0)
機関誌”Wa”6月号 柿沼康二エッセイ掲載
アーティスト・エッセイ
捕まえた奇跡が生む、新しい縁
柿沼康二(書家)
 
08年末、九州大学から新キャンパス入り口に銘板を作りたいので「九州大学」と書いてほしいというお話があった。しかしそれから最終決定するまでの数ヶ月間、九州に関わりのある文化人か、それとも九州にも九大にも縁もゆかりもない書家にするかで二転三転したとのことだ。決め手となったのは2007年NHK大河ドラマ「風林火山」の題字のインパクトとクオリティーの高さだったと、佐藤優教授から後日伺った。ドラマの内容より題字に魅了されるほど「大変な書家が出てきた」と圧倒された、アジアの中心的教育機関を目指すグローバリズムを提唱する九大と、国内外で活動する私のイメージが重なり合ったということだった。
「書家は自分の持つ筆、書く文字に3500年の書の歴史が宿ってなければならない」と三人の師によって徹底的に訓練された私は、徹底した古典臨書(歴史的古筆の模倣)を通して、今日に生き未来に伝承される現代書をこれまで探求してきた。切ったら血の出るような書線、山や海の如く絶対的な生命力を持った自然感を追い求める一方で、書とは何か芸術とは何か、書は芸術たり得るかと問い続け、2006年から1年間の米国プリンストン大学客員書家を始め国外でも積極的に活動を行い、世界に通用するアートとしての書も模索している。
「風林火山」の題字揮毫の話は母の50日法要の翌日に決まった。とても筆を執る気になれなかったが天の母の導きと信じ、母の鎮魂を願いながら全身全霊を込めて仕上げたものだ。母の力を借り自分の能力を完全に越えてできあがった、奇跡的記念碑的作品ともいえる。
 「九州大学」を揮毫しそれが銘板に刻されるということは、九大のこれまでの長い歴史及び少なくとも百年先の未来まで見据えること、そして自分の命より長くこの世に残るもう一つの命を生み出すことを意味していた。これほど自分の能力を試される舞台はない。一気にボルテージが上がった。歴史上の能筆家の墨跡を徹底的に検証しイメージを膨らませきった後、いよいよその四文字に筆を執った。筆と線の角度、圧度、速度を調整し、一点一画どこもかしこも有機的に繋ぎ合わせ、上品でアヴァンギャルドな唯一無二の塊を追い求め、また書の原則やテクニックを掛け合わせ、独自の黄金率と方程式を導き出してゆく。
「一秒前の自分を殺していく」行為、それが私の書道哲学である。極限まで自分を追い込み執拗に繰り返し書き込んでいく行為の裏で、刹那に顔を見せる「奇跡」を捕まえるのだ。限界を感じては書に命を捧げた亡き師匠と交信し自分を奮い起こし続けた。制作枚数は四百枚を超え、一切の余力も矛盾も目的も拘りも消え去り、放心状態となっても更に書き続けた。こうして生み出した「九州大学」は、数ヵ月後「九州大学病院」揮毫へと連鎖した。
命を込めた私の作品が私と九州との縁をとうとう作り出してくれた。
 
http://www.ffac.or.jp/magazine/back_number/archive__file/WA46e/_SWF_Window.html?mode=1062
author : 柿沼康二| 2010.06.23 Wednesday 18:51 | - | trackbacks(0)
柿沼康二
書家、アーティスト
Koji Kakinuma (c)Douglas Benedict
(c)Douglas Benedict
書家/アーティスト・柿沼康二の芸術観、書道について、アーティスト論、過去の日記などを集めたエッセー集。

柿沼康二(カキヌマコウジ)。書家・書道家・現代美術家。 1970年栃木県矢板市生まれ。5歳より筆を持ち、柿沼翠流(父)、手島右卿(昭和の三筆)、上松一條に師事。東京学芸大学教育学部芸術科(書道)卒業。2006-2007年、米国プリンストン大学客員書家を務める。 「書はアートたるか、己はアーティストたるか」の命題に挑戦し続け、伝統的な書の技術と前衛的な精神による独自のスタイルは、「書を現代アートまで昇華させた」と国内外で高い評価を得る。2013年、現代美術館において存命書家史上初の快挙となる個展を金沢21世紀美術館にて開催。2012年春の東久邇宮文化褒賞、第1回矢板市市民栄誉賞、第4回手島右卿賞。独立書展特選、独立書人団50周年記念賞(大作賞)、毎日書道展毎日賞(2回)等受賞歴多数。NHK大河ドラマ「風林火山」(2007)、北野武監督映画「アキレスと亀」、角川映画「最後の忠臣蔵」等の題字の他、「九州大学」「九州大学病院」名盤用作品等を揮毫。 NHK「トップランナー」「趣味Do楽 柿沼康二 オレ流 書の冒険」「ようこそ先輩課外授業」「スタジオパークからこんにちは(2回)、MBS「情熱大陸」、日テレ「心ゆさぶれ! 先輩ROCK YOU」、BOSE社TV-CM等に出演。 伝統書から特大筆によるダイナミックな超大作、トランスワークと称される新表現まで、そのパフォーマンス性は幅広く、これまでNYメトロポリタン美術館、ワシントンDCケネディセンター、フィラデルフィア美術館、ロンドン・カウンティーホール、KODO(鼓童)アースセレブレーションなど世界各地で披露され好評を博す。現在、柿沼事務所代表取締役社長兼所属書家。


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