●騙し絵事件
K氏から連絡が入った。
「申し訳ありません!メイン題字の件なのですが、三番目の作品が選ばれました。監督がこれ!って、、、」
私は「えっ!えっ!えっ!えっ!、、、、、、、、、、、、」
そうゆう事も想定してなかったわけではなかったのだが「何で!何で!」「びっくりしたー」「びっくりしたー」「びっくりしたー」・・・と、この日ほど自分の良しとする作品と他者の良しとする作品のギャップに「びっくりしたー」ことはなかった。
先日の日活撮影所の撮影において、私を含めた柿沼サイドとオフィス北野のスタッフ(監督を除く)の誰もが「どう考えても、1、2番目の大作のどちらかでしょう。3番目の小さい作品は有り得ない」という共通の理解があったからである。
放心から覚め、事の次第、オファー時の最初のやりとりを思い返した。
「色かもしれない。そこに何か謎があるに違いない」
そう思い、監督が指定していた色を画像処理して私の文字に載せてみた。
「Oh! My God!!!!」
「やべ〜やべ〜〜やべ〜〜〜!」、、、
「監督だけがわかってたんだ」
「俺、“俯瞰“って意味を取り間違えていたか、誤解して使ってたかもしれない」
「誰も監督に追いつけなかったってことじゃねーか」
どう考えても3番目の作品がずば抜けて良かった。そう、「色」を載せた瞬間、1,2番目の作品には生命力は消され、色を載せた瞬間、3番目の作品は生き生きとギラギラと私を睨み付けていた。絵描きでもある監督は、私の白黒の書作品に架空のカラーフィルターを載せて見ていたしか思えない。
私の辞書に新たな語録が追加された。
「書は一色で成立する芸術。しかし、その一色で良い作品が、一色の芸術の中では最高だったとしても、どんな場合においても絶対的に良い結果につながるというわけではない。」
放心。その日は終日とても筆を持つような気分ではなくなった。
K氏にお礼を伝えた。「あの時、『何があろうと3種類作って下さい!』と言われなければ恥をかくところでした。救われました。ありがとうございます!」
心の底から監督に畏怖の念を抱いた。
題字候補作3点のうち大作2作品の前で
●最後の詰め
結果、おおよそのところのエンドロールを約3日間で揮毫、その後、微調整や追加作業を地味にこなし、毎晩9時の宅配便で送り出す日々が続いた。
約300名強の文字の書き振りを貫通させるのは困難を極めたが、現代映画に希少とされるエンドロール全筆文字、合理社会に逆行しようとする北野組の意図は確実に私には響いていた。
完全に柿沼康二はアーティストということを忘れ、監督の筆耕または「アキレスと亀」映画スタッフの一員になっていた気がした。監督も映画スタッフも、柿沼を飼いならすに足りる過剰な情熱を持ちあわせていたから、、、。
体重3キロ減。ゼロ号試写の後にも訂正が入り、夜9時の宅配便に最後の一枚の名前を乗せた。
翌朝、初号試写を見に行った。
監督に深々と頭を下げた。
この試写で映画「アキレスと亀」は完成、以後誰も手を加えられない。
この世にまた一つの芸術作品が誕生した。
「アキレス関係だけで個展やれるよなー。やらんけど、、、。さあ次だよ次!」
日の落ちる前に蕎麦屋で飲むビールが空っぽの胃袋に勢い良く流れこんだ。