●1つ目は、父親のアトリエ。
私は2代目。父親はプロの書道家である。
家の中は何時も墨の香りが充満しており、毎日のように塾に通ってくる少年少女の活気ある声が満ち溢れていた。
当然のように私もその仲間の1人として1端のプロ書家のように5才の頃から筆わすらをしていた。
同年代の仲間達は次第に筆から離れていきましたが、気がついたら私だけが筆にしがみついていた。
いつの間にか書の持つ神秘感に魅了されていたのである。
自分にとって父親のアトリエは時と共に姿変えていった。
幼い頃、遊び場であったその広いアトリエはやがて自分にとっての書道塾となり、
私が中学生の頃には、父親の真剣勝負の作品制作の場となった。
あたかも格闘場のようなその空間には畏怖の念さえ感じたものだ。
私が大学生となり、本格的に書の道を志すようになると、墨で汚れたそのアトリエは自分にとって特別なものとなった。
駄目になりそうなとき、自分に負けそうになったときアトリエに行き、そっと息を殺し、これまでの自分の生き方を省みたり、親父の生きてきた道を想像したりする。
そこには真摯に生き、そして生き続ける父親の歴史がこびりついている。
私はそこで、日々を告白し、懺悔し、自分はこれからどう生きていくのかと祈るのです。
●2つ目は、ロックンロール。
ロックンロールとは単にロックミュージックを指しているのではない。
激しく切なく、真っ直ぐなロックンロールスピリッツが好きである。
幼少からロックミュージックにのめり込んでいた私は本気で音楽の世界に志そうとした時期もありましたが私の選んだ世界は書の道であった。
作品制作の際、ロックは文房四方の次に重要な道具と化し、リズム、メッセージ性、スピリッツ、ロックンロールを愛するアーティスト達から半端無く力強い生き方を学んだようだ。
●3つ目は町の名山、高原山。
かつて与謝野晶子が「秀麗なる山」と称したという山の麓で生を受け育った。
作品制作の時は、まずロックを聴きながらのランニングでテンションを高める。
振り仰ぐとたおやかな高原山が人生をゆっくりゆっくり進め、そしてくじけるなと励ましてくれます。
田んぼ道を自分のペースで走りながらこれが自分の人生だと自分に言い聞かせている。
子供の頃、家の中に蛍が舞い込んできました。
夏は降るような蝉時雨に包まれます。秋は山々が錦繍に染まり、冬は時折雪冴えてしんしんという音に包まれます。
そんなふるさとの自然が私の体内に残っている。
敬愛する偉大なるアーティストが死の直前残したメッセージ。
私の座右の銘となっている。
近頃やっとその本当の意味がわかりかけてきた気がする。
「生きること。それは日々を告白してゆくことだろう... 」