岡本太郎 文
柿沼康二 書
平野暁臣 編
「岡本太郎の言霊を柿沼康二の肉体に打ち込み、胎内受精に持ち込んで、書という形での出産を待つ。
どんなこどもが生み落とされるかは、むろんやってみなければわからない。だから面白い。とにかく柿沼さんには湧き上がったイメージをそのまま吐き出してもらおう。
――岡本太郎記念館館長 平野暁臣(本書あとがきより抜粋)」
岡本太郎の言葉を活字で掲載する見開きと、それに呼応するかのように
柿沼康二が揮毫した書の見開きの連続で展開。
本書は、太郎vs柿沼の本であると同時に、いわば前代未聞のタイポグラフィvs肉筆文字の本でもある。
「トランス・ワーク」はじめ独自の作風で、伝統と革新とがせめぎ合う書道界に風穴を開けるべく、
世界で活躍する書家・柿沼康二の最新作品集としても、十分に見ごたえのある一冊。
発行所 株式会社二玄社
デザイン 横山明彦(WSB)
撮影 野瀬勝一
表装協力 湯山春峰堂
判型 A5判・ソフトカバー
頁数 128ページ
本体価格 1,800円
発行日 9月22日予定
「岡本太郎vs柿沼康二 TRANCE-MISSION」あとがき
太郎さんとのシャドーボクシング
以前友人から太郎さんの著書「自分の中に毒を持て」を薦められて以来、私は太郎さんの言葉の世界とその哲学に大きく魅せられていた。そして数年前、「明日の神話」修復事業で知り合った岡本太郎記念館館長・平野さんから膨大な量の太郎さんの書作品が送られ、書、絵、書画、いずれの枠からもはみ出る作品群を目のあたりにして、思わず墨を摺り臨書を始めたときから、太郎さんと私の「対決」は始まった。
書道の世界において臨書はとても大切な作業である。古典として今日に残る能筆家の書を徹底的に模倣することで、書の形や技術のみならず、書き手の息遣い、呼吸やリズム、歴史的背景、更には書き手の心理や哲学に迫り、3500年とも言われる書の奥義を紐解いてゆくのである。そして書家にとって臨書は「吸う」作業、創作は「吐く」作業であり、息を吐き出すにはまず吸い込まねばならないように、創作するには臨書が不可欠だ。一見相反するようなこの二つの作業が渾然と融合し連動してはじめて、芸術的な書を生み出すことができる。
太郎書の臨書は私にとって、「太郎線」とも呼べるあの特徴的なうねりと痩肥をもつ独特の曲線を体得するだけでなく、太郎芸術の多くに見受けられるシンボリックな線運動や造形感覚を心身で理解し、一度も会ったことのない、そして今は亡き岡本太郎という肖像を捉えるためのこの上ない勉強法だった。
それから5年の月日が流れ、2010年岡本太郎記念館企画展「化け文字 〜書家・柿沼康二の挑戦状〜」の開催に至る。企画展の制作で体が張り裂けそうなくらい太郎さんとその書を吸い込んだ私は「太郎中毒」状態になってしまい、このままでは太郎さんに体が乗っ取られてしまうという危機感を感じていたところへ、平野さんから岡本太郎生誕100周年記念企画として、太郎さんと私の対決本の出版話が提案された。「岡本太郎の遺した言葉を柿沼康二が書く」。活字化され既にイメージが定着している太郎さんの多くの言霊から、どの文章を選び、どのように書作品化するのか。そして一番大切なのは、なぜ自分が表現するのかということ。ただ字を書くのではなく、太郎さんの言霊を身体全体で受け止め咀嚼して、岡本太郎作詞、柿沼康二作曲とでもいうべき書芸術として作品にしなければ意味がないと思った。
再び岡本太郎と柿沼康二のシャドーボクシングのゴングが鳴った。
素材とする太郎語録は、平野さんや出版社の結城さんの意見を織り交ぜながら具体化していった。しかし「宇宙」「ぱーぁ」「絶対」「筋」「法隆寺は燃えてけっこう」・・・さらには超長文、難解な詩など、書家である私個人としては絶対に素材として扱わないもののオンパレード、まさに「なんだこれは!?」と思った。三日三晩かけて書いて書いて「吐き出し」、その後三日間は太郎本を読んだり太郎語と睨めっこしたりしながら「吸い込む」、それを1ラウンド計算で計12ラウンド戦った結果、徹底的に咀嚼して表現したもの、太郎・柿沼半々のもの、全くと言っていいほど太郎さんを意識せずに私のどストレートで投げ込んだもの、既に書ではなくなってしまったもの…いろいろな作品が生まれた。気が付けば制作総数196点。その約1/5程の作品が太郎VS柿沼「TRANCE‐MISSION」という形で世に送り出されることとなった。
かれこれ2年間ぶっ通しで毎日毎日太郎さん漬けになり、この半年間、何度も打ち切れ、体を壊したりしながらも、自分の全てを出し切って制作をやり遂げた今、何なんだろう、この充足感は。そして身体の内部で大きな化学反応が起こったかのように、太郎さん、そしてその言霊を何ら意識することなくすんなり受け止めている自分がいる。
「尊敬とは追従ではなく対決である」。芸術家として、また一人の人間として尊敬してやまない太郎さんと思う存分対決させていただき、これでようやく太郎さんの中毒状態から抜け出せそうだ。
チームTRANCE‐MISSION、お蔭様で自分以上の力を出すことができました。
平野さん、二玄社の結城さん、デザインの横山さん、写真の野瀬さん、そして天国の太郎さん、敏子さんに心より感謝申し上げます。
書家/アーティスト 柿沼康二