スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

author : スポンサードリンク| 2017.02.03 Friday | - | -
「聖」(Fole2008年12月号)


柿沼康二 書の世界−文字の超越
「聖」 (縦70cm×横70cm)


「好きなものは咒(のろ)うか殺すか争うかしなければならないのよ」。坂口安吾の晩年の御伽噺「夜長姫と耳男」の最後に出てくる夜長姫の言葉だ。これまでモラルを超越し、不合理とも過剰とも言える情熱を余すことなく芸術に注いできた。何かを咒い争うかのように怒りを込めて筆を執ってきた。夜長姫の言葉を知って、それは「殺す」ということだったのかと確信した。体の中から出ざるをえない何者かと向き合い、死をも恐れず吐き出し続ける。その時の自分自身、自分の核とも言える「ふるさと」を探し求めると同時に叩き潰す。自分を殺し続け、新たに生まれ変わろうとする飽くなき自分への挑戦。これから書を、芸術を殺す覚悟でかからないと自分の求める本当のアートは見つからないだろう。
「生きよ堕ちよ」と叫ぶ安吾が今俺の中にいる。
author : kakiwebmaster| 2008.12.30 Tuesday 08:33 | - | trackbacks(0)
「心」(Fole2008年11月号)



柿沼康二 書の世界−文字の超越
「心」 (縦69cm×横70cm)


書家にとって臨書は呼吸で言う「吸う」作業、創作は「吐く」作業。たくさん吐き出すには思いっきり酸素を吸い込む外ない。一見相反するようなこの二つの作業が渾然と融合し連動し呼吸となって始めて、最高のパフォーマンスを掴むことができる。
「臨書」は、ややもすると没個性的と履き違えられがちであるが、人の顔が皆違うように古筆の書き手と同じものは何一つなく、造形上も精神的にも完全にシンクロすることは永遠にない。その違いを時をかけて見出し、否定してもしきれないものが己の個性の芽生えとなる。即ち模倣と創造は表裏一体。臨書とは創作であり、模倣とは創造の「ふるさと」。今作品はそんな「ふるさと」を感じさせる作品、言いかえれば創作であり臨書作品でもある。


 

author : kakiwebmaster| 2008.11.28 Friday 00:17 | - | trackbacks(0)
「開」(Fole2008年10月号)
柿沼康二 書の世界−文字の超越
「開」 (縦105cm×横90cm)




ちょうど1年前、旧作でも新作でも良いという条件でこの「Fole」表紙に年間の作品提供企画を受けたが、私は全て新作で臨む事を宣言した。毎月欠かさず半端の無い新作を創り出すことは、予想はしていたがやはり並大抵の精神では続かない。そして自らの更なる沸点を目指し、呼吸、運動、存在感、個性、統一感、素材感、伝統性、現代性…とチェックボックスの数は日に日に増えるばかりだ。相変わらず不器用な道、困難の多い方の選択肢を選んでしまう自分、そして「無駄は無駄じゃない」という信念を掲げ始めた10年前と変わらず、汗かきベソかき奔走しながら筆を執る今の自分を強く感じる。メシを食うように無駄を食い、さあ、これから私は何をこじ開けようとしているのだろうか。
author : kakiwebmaster| 2008.10.29 Wednesday 20:19 | - | trackbacks(0)
「アキレスと亀」秘話(3)
●騙し絵事件

K氏から連絡が入った。

「申し訳ありません!メイン題字の件なのですが、三番目の作品が選ばれました。監督がこれ!って、、、」

私は「えっ!えっ!えっ!えっ!、、、、、、、、、、、、」

そうゆう事も想定してなかったわけではなかったのだが「何で!何で!」「びっくりしたー」「びっくりしたー」「びっくりしたー」・・・と、この日ほど自分の良しとする作品と他者の良しとする作品のギャップに「びっくりしたー」ことはなかった。
先日の日活撮影所の撮影において、私を含めた柿沼サイドとオフィス北野のスタッフ(監督を除く)の誰もが「どう考えても、1、2番目の大作のどちらかでしょう。3番目の小さい作品は有り得ない」という共通の理解があったからである。

放心から覚め、事の次第、オファー時の最初のやりとりを思い返した。

「色かもしれない。そこに何か謎があるに違いない」

そう思い、監督が指定していた色を画像処理して私の文字に載せてみた。


「Oh! My God!!!!」
「やべ〜やべ〜〜やべ〜〜〜!」、、、


「監督だけがわかってたんだ」
「俺、“俯瞰“って意味を取り間違えていたか、誤解して使ってたかもしれない」
「誰も監督に追いつけなかったってことじゃねーか」

どう考えても3番目の作品がずば抜けて良かった。そう、「色」を載せた瞬間、1,2番目の作品には生命力は消され、色を載せた瞬間、3番目の作品は生き生きとギラギラと私を睨み付けていた。絵描きでもある監督は、私の白黒の書作品に架空のカラーフィルターを載せて見ていたしか思えない。

私の辞書に新たな語録が追加された。

「書は一色で成立する芸術。しかし、その一色で良い作品が、一色の芸術の中では最高だったとしても、どんな場合においても絶対的に良い結果につながるというわけではない。」

放心。その日は終日とても筆を持つような気分ではなくなった。


K氏にお礼を伝えた。「あの時、『何があろうと3種類作って下さい!』と言われなければ恥をかくところでした。救われました。ありがとうございます!」

心の底から監督に畏怖の念を抱いた。


題字候補作3点のうち大作2作品の前で




●最後の詰め

結果、おおよそのところのエンドロールを約3日間で揮毫、その後、微調整や追加作業を地味にこなし、毎晩9時の宅配便で送り出す日々が続いた。
約300名強の文字の書き振りを貫通させるのは困難を極めたが、現代映画に希少とされるエンドロール全筆文字、合理社会に逆行しようとする北野組の意図は確実に私には響いていた。
完全に柿沼康二はアーティストということを忘れ、監督の筆耕または「アキレスと亀」映画スタッフの一員になっていた気がした。監督も映画スタッフも、柿沼を飼いならすに足りる過剰な情熱を持ちあわせていたから、、、。

体重3キロ減。ゼロ号試写の後にも訂正が入り、夜9時の宅配便に最後の一枚の名前を乗せた。

翌朝、初号試写を見に行った。

監督に深々と頭を下げた。

この試写で映画「アキレスと亀」は完成、以後誰も手を加えられない。

この世にまた一つの芸術作品が誕生した。


「アキレス関係だけで個展やれるよなー。やらんけど、、、。さあ次だよ次!」

日の落ちる前に蕎麦屋で飲むビールが空っぽの胃袋に勢い良く流れこんだ。

author : kakiwebmaster| 2008.10.03 Friday 15:54 | - | trackbacks(0)
「アキレスと亀」秘話(2)
●4月上旬−題字および劇中題字の制作開始:本番

下準備と打ち合わせは計画通り綿密に進められたが、肝心の制作期間が少なすぎる。気が付くと制作期間は10日間を切っていた。その間に裏打ちまでして日活スタジオに搬入しなければならないので柿沼事務所の表装上の最後の砦、湯山春峰堂にこれ以上ありえない無理を聞き入れてもらって中2日で裏打ちし搬入してもらえる事になった。

オフィス北野から毎日のように送られてくる資料や荒編集映像を見ながらイメージを固め筆をとった。冒頭のアニメーションをなかなか見ることが出来ずに、既成の少年から中年期までの劇中題字を先に手がけた。
少年期は、あたかも真知寿少年が書いたかのようなイメージで素朴に下手に構成も工夫した。鏡文字を採用した読めないインチキ作品も作った。
青年期は純粋に甘酸っぱい感じでまとめた。結婚期以降は監督から特に注文されていなかったが、それが帰って私を悩ませた。監督は遊びか真面目か紙一重というところがあるから私もその気になって「真知寿は結婚したぶわぶわぶわ・・・・」というフレーズを何度も繰り返しキャンバス一杯に「結婚」という文字を象ったトランス書を書いてみたり、、、
中年は、だんだんふてぶてしくなりもう後戻りはできないって感じ。
そして最後の文言(これが一番大切な監督のメッセージだと思った)だったが、その前に映画のメイン題字を書いてしまおうと思い、2日間かけて1.5×2.6mの大作を何とか仕上げた。当初飛墨が欲しいという監督の考えがあったから、作品サイズは自ずと大きくなり、「“風林火山” 超えか」と思うくらいぶっ飛んだ感覚を得た。(と、その時は思った)




最後の文言は最も気をつかって書いた。
やっと佳境に差し掛かり終わりも見えたころ、1枚のFAXが入った。
「最後の文言が変更になりました。すみません。〜〜〜〜と書いてください、、、、」。
疲労困憊で頭がくらくらしてきて危うく倒れそうになった。また0からのスタート。3時間程、私はこれまで感じた事のない緊迫感のなか限りなく「無」に近い状態にいた気がする。


一応全作品の制作が終わった。メイン題字は大作で2点良いのがあるので、これだけは1点足りなくても何とかなりませんかとK氏に連絡をとった。「駄目です。絶対に三点用意してください」という答えだった。たけし軍団や北野組のみんなが監督を「殿」と呼ぶ意味、「世界の北野」との仕事という本当の意味がわかった気がした。

半分空ろな状態で3番目の題字作品「アキレスと亀」を作った。そして全作品に捺印し、最終の新幹線で東京の事務所に戻った。2キロ体重が減っていた。

翌日、朝一番でスタッフが湯山春峰堂大和工場に直搬入し裏打ちの工程に入ってもらった。4月13日(日)、日活スタジオで朝から作品撮りがあり、午後監督にご挨拶と問題の大きな題字2作品を見て頂き、二三お話させて頂いたのだが私は緊張のあまりタジタジで、監督は「こっちはアートだね。完成度を取るか、未完成を良しとするか、、、」「ロシア人には漢字みせときゃー皆大喜びなんだよ」といつもの北野節炸裂。
事務所に戻る車の中で「なんだったんだあのプレッシャーは・・・!?」と呆然として感慨にふける自分がいた。そう、5年前に共演した「誰でもピカソ」の時は、私はまだ子供だったのだと気が付いた。そして思い出した。亡き師匠上松一條先生に作品を見せる時の感覚、特に師匠の最晩年、私は師と勝負するという考えのもと、作品の最終選考時に一発勝負で作品を持参し勝負する感覚(普通は発表前に何度も師に指導を頂く)、油汗とも冷や汗とも何とも言えない高揚感と緊張感、一歩間違えると破門や叱咤も覚悟していた感覚と同じだった事に気が付いた。夕方事務所に戻るとすーっと、気が遠くなり完全にノックダウン。


●エンドロール制作

当初、出演者のみ150前後のエンドロール揮毫の筈が、蓋を開けると300近い事になっていた。「オフィス北野」「A TAKESHI KITANO FILM」「バンダイビジュアル」「テレビ朝日」「WOWWOW」「東京テアトル」などスポンサー提供各社から始め、「北野武」「ビートたけし」(これは体に堪えた)「樋口可南子」「大杉漣」「伊武雅刀」・・・・・連日仕上がった作品を夜9時の宅配便に乗せ現像所に送付する日々が続いた。一息つく度、テレビから聞こえるTV−CMの或音声が何故かやけに私の耳に入る。LG21「色々なものと闘ってきた」「そろそろ自分と闘う時が来た」「リスクと闘う」。ECC「自分の判断基準を持ってない奴はダメだよね、ちゃんと基準持ってないと・・・意外と厳しいね」ってのがぐさっぐさっと心に刺さり、おりゃーっと気合が入ると同時に何か監視されているような気がして、、、冗談のようでリアルだから思わず何度もふきだしちゃって、、、爆笑!。
揮毫した出演者の名前にはたけし軍団の変だったり長かったり英文カタカナぐちゃぐちゃな芸名が次から次へと出てきた。「マダ村越」「アル北野」「お宮の松」 「〆さばアタル」「ルビー浅丘モレロ」 「赤P−MAN」「ガンビーノ小林」「阿部定 忠治」 「ケンタエリザベス3世」、私の友人「電撃ネットワーク」「山野海」まで出てきた。




author : kakiwebmaster| 2008.09.29 Monday 13:35 | - | trackbacks(0)
「アキレスと亀」秘話(1)
初号試写会が終わった後、北野監督に深々と頭を下げた。
この試写で映画「アキレスと亀」は完成、以後誰も手を加えられない。
この世にまた一つの芸術作品が誕生した。

全ては公開直前まで秘密裏に進められていた。



●2007年10月下旬

李闘士男さん(映画監督&秘密結社やんちゃな大人の会代表)絡みの共通の友人で、オフィス北野役員Iさんから打診。「映画撮るので協力を・・・」との事だったが、「協力って何?何?意味深!」って思った。

話を伺うと、超大作パフォーマンスを予定していて、そのまま映画のオープニングとのこと。ひぇ〜〜〜〜。それも数十メートルの題字だと、、、、びしゃーという墨の飛び散りが欲しいと、、、
Iさん、2007FIFAトヨタカップ決勝戦用作品「決戦(9x40m)」書き入れに参加、その様子を見て墨じゃなく絵の具で書けるかどうか、もっと大きい超大筆開発するかどうかも検討とのこと。しかし柿沼の超大筆は数百万だし、色は勘弁してください、、、、。
すると、監督は題字を4色で書き分けたいと。

早速北野監督直筆の絵コンテが5,6パターン送られてくる。
それを参考にしながら柿沼のデッサン50種類前後提出。監督がその中より3作品を選出。パフォーマンスは別として題字担当決定。感動&泣き&鳥肌&緊張!


●2008年に突入

Iさん「監督は毎日刻々考えが変わる」、
俺「私も一応ゲイジュツカ、とても理解できます」
超大作になった際のカメラ撮影(クレーンやスタジオなど)が可能か否か。


●2月下旬〜3月中旬

Yプロデューサー、Kアシスタントプロデューサーと打ち合わせ3回。
3月〜5月までの全スケジュールをキャンセルし、北野組の作業に全精力を集中させる。
題字だけでなく、ストーリーに関わってくる劇中題字5作品も手がけることになる。
エンドロールを予定では出演者のみ手がけることとなる。(いつもの事であるが私の仕事はだんだん増える。良し悪しはわからない、、、)
黒澤、溝口、ゴダールなどなど映画の巨匠達のエンドロールを片っ端から研究してみる。
スポンサー及び提供各社名まで映画全体を筆字でまとめたいと、またまた話が広がっていく。
気がつけば、当初予定されていた超大作揮毫ではなく、北野武監督映画に最高のおべべを着せなければならない、膨大な数の作品を精魂こめて一字一字揮毫していく書家としての闘いが始まった。

3月上旬に劇中題字5種類の下書き20種類前後を提出。
監督は何点か選出し「基本的に先生にお任せする」と。「別に読めなくてもいいよ。敢えてキャプション入れる事も考えているから、、、」って、かなりのバットジョーク。
Y氏、K氏「アーティスティックな方向ばかりじゃなく、読める方向も、、、」と。結局3種類ずつ5作品、計18点を提出することとなる。
このとき作家にとって提出作品のどれが選ばれても文句は言えないという危険を覚悟した。
また取引先の書道用品店の桐葉堂が書道協力という形でスポンサーになって頂いた。心より感謝致します。(書道界における書道業者の柿沼及び映画に対するスポンサリングは私は聞いたことがないので業界初と思われる)

author : kakiwebmaster| 2008.09.27 Saturday 00:14 | comments(0) | -
「雲月」(Fole2008年9月号)
柿沼康二 書の世界−文字の超越
「雲月」 (縦140cm x 横70cm)



尊敬とは追従ではなく対決である。
手島右卿、井上有一、日比野五鳳などの書家、そして坂口安吾、岡本太郎、山本耀司、北野武。これら敬愛する巨匠達の世界をこの上なく尊ぶと同時にそこに全身全霊の反逆を加える。そう、彼らがそうして名もない道を拓いてきたように。
「全ての表現は70年代にやり尽くされた」などとよく言われるが、果たしてそうなのか。
尊敬と対決という目まぐるしいパラドックス。
そこに私の求め続ける「上品なアバンギャルド」という姿が潜んでいる。
author : kakiwebmaster| 2008.09.26 Friday 11:57 | - | trackbacks(0)
「空」(Fole2008年8月号)
柿沼康二 書の世界−文字の超越
空 (縦70cm x 横50cm)





子どもの瞳に映るような空、私が幼いときに見た青く大きく抜けるような空、忘れかけた大切な何かを思い出させてくれそうな空を想像しながら書いていた。その様子は傍から見ればきっと、おもちゃの飛行機と無邪気に戯れ遊ぶ子どものようだったに違いない。筆はジェット機が宙を鮮やかに舞うような動き、墨跡は空に軽やかに漂う飛行機雲のような気分。筆先に集中していた視線は次第に大空と化したキャンバス全体を把握し、筆は気持ちがいいくらいに空中を走り回っていた。自由自在に飛べたと感じた瞬間、時が止まった。
聴こえる筈のない言葉が聞こえた。
瞳を閉じて青空を見ろ そこに真実がある (詞 森雪之丞)
author : kakiwebmaster| 2008.08.22 Friday 23:22 | - | trackbacks(0)
「雷神」(Fole2008年7月号)

柿沼康二 書の世界−文字の超越
雷神 (縦136×横139cm)


スタジオに金粉や顔料が飛び散るためか、何日も咳込み、体調を崩した。何度も諦めようとしたが、その自分の弱さと無力感を打ち砕かんまでは、雷様は私の書線に雷を鳴らしてくれることはない。自分の力以上の何かが光臨してくるまで書き続けた。もはや創るという目的さえなくなっていた。人間から動物に戻るような感覚。上手下手、読める読めない、書かアートかということじゃない。自分にとって新しいか、昨日の自分より如何に前へ進むか、己の絶対的な個性は何か、それが、アーティストの核だ。
ついにスタジオに雷鳴が轟いた。
風神と雷神。またしても絶対に他人に譲りたくない、譲らない作品を作ってしまった。私は究極の無駄人間である。
author : kakiwebmaster| 2008.07.28 Monday 22:08 | - | trackbacks(0)
「風神」(Fole2008年6月号)
柿沼康二 書の世界−文字の超越
「風神」(縦136×横139cm)




21歳の時、俵屋宗達の代表作「風神雷神」の巨大なテーマに取り組んだ。しかし思考も技術も未熟でとても消化できず、未発表に終わった。あれから17年、新作のことを考えていたら突然頭のネジがパンと外れ、この素材に再挑戦するきっかけを得た。日本を象徴する三色(黒、赤、金)、破体(一作品に異なる書風を用いる)、絵心、琳派的な書など、制作上のポイントが次々に頭に浮かんだ。毎日毎日宗達の絵と睨めっこをし、イメージが湧く度にその絵を文字に化けさせ、その文字に私の片思いの物語を入れ込もうとした。宗達という神に語りかけ、交信し、具現化しようとした。やがて風の神様はやわらかい風と共に私を包み込んだ。しかし雷様は私を1ヶ月ほど突き放し続けた。
author : kakiwebmaster| 2008.06.24 Tuesday 21:59 | - | trackbacks(0)
柿沼康二
書家、アーティスト
Koji Kakinuma (c)Douglas Benedict
(c)Douglas Benedict
書家/アーティスト・柿沼康二の芸術観、書道について、アーティスト論、過去の日記などを集めたエッセー集。

柿沼康二(カキヌマコウジ)。書家・書道家・現代美術家。 1970年栃木県矢板市生まれ。5歳より筆を持ち、柿沼翠流(父)、手島右卿(昭和の三筆)、上松一條に師事。東京学芸大学教育学部芸術科(書道)卒業。2006-2007年、米国プリンストン大学客員書家を務める。 「書はアートたるか、己はアーティストたるか」の命題に挑戦し続け、伝統的な書の技術と前衛的な精神による独自のスタイルは、「書を現代アートまで昇華させた」と国内外で高い評価を得る。2013年、現代美術館において存命書家史上初の快挙となる個展を金沢21世紀美術館にて開催。2012年春の東久邇宮文化褒賞、第1回矢板市市民栄誉賞、第4回手島右卿賞。独立書展特選、独立書人団50周年記念賞(大作賞)、毎日書道展毎日賞(2回)等受賞歴多数。NHK大河ドラマ「風林火山」(2007)、北野武監督映画「アキレスと亀」、角川映画「最後の忠臣蔵」等の題字の他、「九州大学」「九州大学病院」名盤用作品等を揮毫。 NHK「トップランナー」「趣味Do楽 柿沼康二 オレ流 書の冒険」「ようこそ先輩課外授業」「スタジオパークからこんにちは(2回)、MBS「情熱大陸」、日テレ「心ゆさぶれ! 先輩ROCK YOU」、BOSE社TV-CM等に出演。 伝統書から特大筆によるダイナミックな超大作、トランスワークと称される新表現まで、そのパフォーマンス性は幅広く、これまでNYメトロポリタン美術館、ワシントンDCケネディセンター、フィラデルフィア美術館、ロンドン・カウンティーホール、KODO(鼓童)アースセレブレーションなど世界各地で披露され好評を博す。現在、柿沼事務所代表取締役社長兼所属書家。


=TOPICS=
柿沼康二の作品をまとめた初の本格作品集「柿沼康二 書」東洋経済新報社より好評発売中です。
→詳細を読む
=WEB SITE=
=BLOG=
=SHOP=
=COMPANY=


SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
モバイル
qrcode
LINKS